月岡貞夫と申します。
建築科の高校を卒業後、手塚治虫先生のアシスタントとしてこの世界に入りました。1959年、手塚先生が東映動画(現・東映アニメーション)の劇場アニメ『西遊記』に参加された際、先生の代理として石ノ森章太郎さんとともに東映動画へ派遣されたのが、アニメーターとしてのスタートでした。入社して間もなく、その作画スピードと技術が認められ、24歳のときには東映動画初のテレビアニメシリーズ『狼少年ケン』で原作・演出を担当しました。日本のテレビアニメーション創世期のど真ん中にいたことになります。
その後、虫プロダクションでの仕事を経て、後輩の林静一さんとともにアニメーション制作会社NACを設立。1970年にはクラクフ国際短編映画祭で短編アニメ『創世紀』がグランプリを受賞するなど、半世紀以上にわたってアニメーションを作り続けてきました。その間、大学でも60年近く教壇に立ち、宝塚大学の特任教授や日本大学芸術学部の講師として後進の指導にもあたってまいりました。2022年には第45回日本アカデミー賞の協会特別賞をいただき、長年の仕事に一つの区切りをいただいたように感じております。
さすがに遅めの定年を迎え、ゆっくり好きな絵を描こうと思っていたところ、中国の友人から「絵本マンガをやってみないか」との提案を受けました。2024年のことです。ところが翌年の11月、中日間の文化・教育・交流・経済関係が急激に冷え込み、すべてが止まってしまいました。
しかし、すでに絵本は2作ほど描き上げていましたから、そのまま埋もれさせるのはもったいない。孤立無援ではありますが、KindleなどのSNS・ネット配信で自ら発表してみようと動き出したのが2025年11月のことでした。キャラクターの著作権登録について友人に相談したところ、行政書士さんから「自分のホームページやSNSなど、公の場でまずお披露目するべきだ」とのご指導をいただき、とりあえずこのブログで公開することにいたしました。
さて、日記を書くつもりでブログを始めたわけではないのですが、昨今のAI(人工知能)の進化には目を見張るものがあります。私の専門分野であった2Dアニメーションや3DCGの技術すら凌駕しかねない勢いです。これについては、折に触れて一言二言述べてみるつもりでおります。
実は、私は手塚先生の虫プロを離れた27歳の頃、日本テレビの社会部でドキュメンタリー番組『すばらしい世界旅行』(1967年頃)の未来編にアニメーションで参加していました。その5本目に制作したのが「コンピュートピア」というタイトルの作品です。「コンピュータ」と「ユートピア」を掛け合わせた造語で、コンピュータが実現する架空の理想社会を描いたものでした。
原案はある大学の先生が書かれたもので、キャッシュレス・チケットレス・書類なし――まさにいいことずくめの未来社会です。しかし、若い私はそんなうまい話ばかりのはずがないと考えました。シナリオライターの辻真先さんと相談のうえ、楽団の4人組「カルテット」の物語を軸に、コンピュータ社会の50年後を描くことにしたのです。4人のうちの1人がやがて政治家となり、情報の独占を押し進め、ヒットラーのパロディとして国の独裁者になっていく――そういう物語でした。
放送後、テレビ局の営業部から大クレームが入りました。なにしろスポンサーは大手家電メーカーでしたから。私は部長に呼び出され、どやされて即刻クビになりました(この時の議論については、いずれ詳しく書いてみたいと思います)。
しかし、あれから約50~60年。現在、世界中で「情報の一元化」が大きな問題として語られています。21世紀になってもなお、世界には独裁者があふれています。私自身のまわりでも、AIによって職を失いかねない人が次々と出てくる瀬戸際です。
私はすでに後期高齢者となりましたが、このブログと向き合いながら好き勝手に書いていくつもりです。批判はされるかもしれませんが、もうクビになることはありませんから。
月岡貞夫